イエスが生まれた時代
はじめに
ルカによる福音書2章1-4節(85p)
1節 そのころ、全世界の人口調査をせよとの勅令が、皇帝アウグストから出た。
2節 これは、クレニオがシリヤの総督であった時に行われた最初の人口調査であった。
3節 人々はみな登録をするために、それぞれ自分の町へ帰って行った。
4節 ヨセフもダビデの家系であり、またその血統であったので、ガリラヤの町ナザレを出て、ユダヤのベツレヘムというダビデの町へ上って行った。
今日からアドベントに入りました。12月25日をクリスマスと言いますが、これはキリストの誕生を記念して礼拝する日=キリスト・ミサから派生した単語です。この25日から起算して4週前の日曜日をアドベント第1週と設定する決まりです。今年は12月25日が水曜日で、直前の22日(日)のアドベント第4週がクリスマス礼拝日になります。このため、年によっては11月末の日曜日がアドベント第1週になることもあります。本日はアドベント第1週にちなんで、ルカによる福音書の第2章の冒頭部分に書かれている内容を通して、ルカがどのような時代背景を意識しながらイエスの誕生の経緯を報告したのか、ご一緒に確認していきましょう。
皇帝アウグストとキリストとの対比
皇帝アウグストスの本名はオクタビアヌスで、初代ローマ皇帝の称号が皇帝アウグストス。彼の誕生月が8月(オーガスト=アウグスト)だったことに由来。彼の養父は、共和制ローマ帝国の末期に独裁的な実権を握ったガイウス・ユリウス・カエサル。それまでの複数の実力者で構成された共和制と違い、オクタビアヌスは最高権力者となり、それまで続いていた権力闘争に終止符を打った。彼はローマ帝国にかつてない平和をもたらしたということで全世界の「救い主」とさえ称された。この時代に生まれた武力闘争によらない救いをもたらす全世界の「救い主」イエス・キリストと、ルカは意識的に対比させていると思われる。
このローマ皇帝が人口調査の勅令を出したことによって、当時ベツレヘムから200キロほど北にあるガリラヤ地方のナザレの町に住んでいたイエスの両親は、出身地へ戻らなければならなくなる。しかし、これによりミカ書5章2節「ベツレへム・エフラタよ、あなたはユダの氏族のうちで小さい者だが、イスラエルを治める者があなたのうちから/わたしのために出る。」というメシヤ(=キリスト=救い主)誕生の預言が成就することになる。ベツレヘムはエフラタ地方に属し、都エルサレムからわずか南東10キロのところにある町だった。マタイ福音書2章では、東から来た博士たちが星を観察した結果、イスラエルに特別な王となる者が誕生したと考え、当時の王であったヘロデに謁見している。その時にヘロデが学者たちに聖書の預言を検討させて導き出したのが上記ミカ書の預言である。
パンの家(ベイト・レヘム)という意味のベツレヘム
ベツレヘムという町は旧約聖書の中でも繰り返し登場する。イスラエルという名前のルーツとなるヤコブ(アブラハムの孫)が神の指示で名前をイスラエルに変更することになるのだが、最愛の妻ラケルがベツレヘム近郊で亡くなり、そこに葬られている。ヤコブは羊飼いだった。イスラエル史上最も有名な王、ダビデ。彼もベツレヘム出身で同じく羊飼いだった。また、この中間に登場するボアズは穀物を栽培していた。パンの原料となる大麦や小麦を栽培していたと考えられる。イエス・キリストの話しにはパンや羊が多く登場するのはこのような歴史的背景が関係しているのではないだろうか。
今回の箇所のすぐ後の2章8節でも、この地方で羊を飼っていた羊飼いたちの話しが語られている。人類の罪のあがないを成し遂げるためにこの世に誕生したイエス・キリスト。これと深い関係がある過ぎ越しの祭りに用いられるパンと犠牲の小羊のゆかりの地、ベツレヘム。イエス・キリストはそこに生まれるべくして生まれたのである。やがては人類の命のパン、罪のあがないのための犠牲の小羊としての役割を果たすお方が歴史に登場する舞台はそこが最善だったのではないだろうか。神のご計画はイエス・キリストが生まれる遥か前の時代から入念に計画され、実現していくのである。
神のご計画と預言の証人としての聖書
聖書は世界で唯一無二の書である。神が聖霊を通して紀元前千二百年前から紀元百年までの長きにわたり、複数の神の僕たちを介して編纂させたもの。世界の名だたる宗教の共通点は「人はいかに生きるべきか」についてそれぞれに優れた洞察と人生理解を導く。聖書もそれに引けを取らないのだが、聖書はもともとその目的のために存在するようになった書物ではない。聖書はこの世界を目的と愛情を込めて創造した神が存在することを証明する書物である。それを証明するために人類史上驚異的な時間をかけて完成を見た書物である。その内容も他の宗教書が開祖の生い立ちから語られるのに対して、聖書は神がいかにしてこの世界を計画的に創造されたかから始まる。
そして人間の存在目的、この世界になぜ死や災害や憎しみや病気などが存在するに至ったのかという人類の根本問題についての答えを持つ。そして、この世界にはやがて訪れる世の終わりが待ち受けることや、最後の審判、死後の世界に至るまで、神は本気で神のご計画を知りたい者のために2千年前から聖書を通して人類を導いておられる。
この聖書の最大の特徴であり、存在目的は「神がいかに人と共に生きたいと願っておられるか」について神のご計画と意志を人類に伝えるために現代まで存在し続けている。聖書が伝える福音とは、破局に向かう人類のただ中に神が肉体を持ってこられたということ。ただ一度だけ、人間と同じく弱さと誘惑と制限がある肉体を持ってこの世で生活された。その人生は常に命を脅かされる人生であっただけでなく、最後は生きる価値のない犯罪者として十字架刑という拷問にかけられながらこの世で最も苦しい最期を遂げられた。その名はイエス、「救いをもたらす神」という意味の名前を持つ者の最期にしてはなんと皮肉なことだろうか。
聖書、そしてイエス・キリストの生き様と教えが理解できるようになる時、神のご意志から遠ざかった世界を、神が今もあきらめずに忍耐強く正しい方向へ導こうとされていることを確信するに至る。キリストが人類史上最悪の試練続きの人生と死を遂げたとしても、それで失望に終わらないことをキリストの復活は証明した。
神はそうまでして、「私と共に生きてほしい」と呼びかけて下さっているのである。「私がいない世界など、苦しみが永遠に続くだけの世界ではないか。私こそがあなたがたのすべての罪を洗い清め、その呪いから解放することのできる唯一の救い主。」熱心に呼びかけても聞く耳を持たない人々のために、神自らが人となり、我々の方に近づいて来て下さった。それがクリスマスの出来事。共に心から神に感謝の礼拝を捧げ、クリスマスをお祝いしたい。
2024年12月1日(日) 北九州キリスト教会宣教題
「イエスが生まれた時代」
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