いのちをかけた宣教師たち
はじめに
日本バプテスト連盟では11月最後の日曜日と12月最初の日曜日を世界祈祷週間として大切にしてきました。そこで二週に渡り世界伝道関連の宣教を行っています。前回は中国伝道に人生を捧げたロティー・ムーン宣教師について話しました。今回は南米エクアドルのジャングルに住む俗称アウカ族(“槍で殺す野蛮人“)伝道に人生を捧げた宣教師たちを取り上げます。
人類を罪とその呪いから救うべく御子イエス・キリストを地上に派遣して下さった神様。これに応えて人生を根本的に変えることができる福音の力を信じて自らも宣教師として献身した人々についてみことばに聴きながら世界宣教の意義とクリスマスの意義について共に考えましょう。
世界伝道の対象者
ローマ人への手紙1章14-16節(233p)
14節 わたしには、ギリシヤ人にも未開の人にも、賢い者にも無知な者にも、果すべき責任がある。
15節 そこで、わたしとしての切なる願いは、ローマにいるあなたがたにも、福音を宣べ伝えることなのである。
16節わたしは福音を恥としない。それは、ユダヤ人をはじめ、ギリシヤ人にも、すべて信じる者に、救を得させる神の力である。
本日の宣教箇所でも明らかなように、使徒パウロは世界のどこに住む人々にも福音を伝える責任があると理解していました。その世界伝道の対象者の中には14節の下線部で強調したように「未開の人」も福音を届けるべき対象者でした。「未開の人」とは、会ったことも、これまでその存在すらも知らず、使用している言語や生活習慣もわからない人々が含まれていたということです。
福音は、どんな人々にも伝えるだけの価値がある。たとえ命を犠牲にしなければならないとしてもそれだけの価値が福音にはある。パウロはそう信じて実際に中東諸国(現在のトルコやイラン)、またギリシャやローマなど現在のヨーロッパ諸国に福音を命がけで伝えたのです。
クリスチャンになる前は無慈悲にクリスチャンたちを殺害する側にいたパウロでしたが、幻のうちにキリストと出会って改心した人物です。敵であった自分にさえキリストは愛と赦しの手を差し出して下さった。それを実体験していたパウロであったからこそ、世界伝道の先に待ち構えている想像を超えた困難や命の危険も顧みずに世界伝道に身を捧げたのです。
エクアドルの奥地アウカ地域への伝道
使徒パウロに続く信仰を受け継いだ宣教師たちが現代まで続いています。その中に南米大陸の北西に位置するエクアドルで伝道した宣教師たちがいます。1956年1月8日(日)、エクアドルの奥地、アウカ地域のワオラニ族への伝道を開始した宣教師たち5名が現地住民に殺害されるという悲劇が起きました。人口800人のこの部落の人々は、「外の世界の人々は、自分たちを食べようとしている人食い人種である。」と信じて、外部とは一切の接触を断ち、孤立し、自分たちの領域に近づく人々を、すべて殺していました。そのような危険な地域に足を踏み入れ、5人の宣教師たちは殉教の死を遂げたのです。しかし、彼らの志をその家族と友人たちが受け継ぐことになります。
意志を継ぐものたち
ロージャー・ユーデリアン、ピート・フレミング、ジム・エリオット、ネイト・セイント、そしてエド・マッカリーの5人の殉教者たちの悲報を受け、一時は家族と関係者たちはどれほど悲嘆に暮れた事でしょうか。しかし、そんな家族たちが立ち上がったのです。ネイル・セイントの姉妹レイチェル・セイントやジム・エリオットの妻エリザベス・エリオットらは、ウイクリフ聖書翻訳協会との関係を持っていたことからアウカ地域の部族語を学び、同時に聖書を翻訳する作業に取りかかります。そしてジャングル奥深くの現地に赴き、正直に自分たちの夫や家族が彼らに殺されたことを告げました。そして、人生には命よりも大切なことがあることを彼に伝えたのです。その勇気ある行動に最初は疑心暗鬼だったアウカ族の人々も少しずつ心を開くようになりました。それからは精力的に現地の言葉をアルファベット文字に変換し、識字教育を進め、聖書を訳していきました。そして長い時間を経て1992年についに現地語の聖書が完成します。それまでにも幾多の困難を乗り越え、いくつかの集落で、礼拝がささげられるようになっていました。そして彼らと共に他の部族への伝道もするまでになっていったのです。
ワオラニ教会の代表は聖書翻訳完成の式典で次のように述べました。「先祖たちのように、お互いを殺し合い、外の人を殺して、生きる生き方を私たちはしたくありません。今、私たちは神の言葉が教えるように生きています。私が小さな子供であったときから、この生き方の根拠である聖書をいつか手にする時が来ると聞かされてきました。今、私たちはそれを手にしています。」この献書式には、10ほどの集落すべてから、代表が参列しました。
こうして5人の宣教師たちの命はその家族や協力者たちによって人と人との心の通い合う新たな人生の架け橋となっていったのです。そして、この話はこれで終わりませんでした。レイチェルの孫スティーブは、子供の頃からワオラニ村に連れられて現地に行く経験をしていました。 彼は、村の子どもたちとよく魚取りをし、狩りに出かけました。そんなスティーブは、かつて父を殺したアウカ族の人で、やがて牧師になった人から、洗礼を受けました。そして彼と家族もワオラニの地で宣教活動をするようになっていったのです。
2千年前のイスラエルという小さな国のエルサレムという都のすぐそばで行われた十字架刑。それが時代を超えて人々の心の断絶を修復し、憎しみや疑心暗鬼ではなく、愛と信頼に変えていく原動力になっていきました。私たちもその証人であり、後継者として神様は祝福して下さいます。共にこのような意義のあるキリストの誕生を覚えるクリスマスを世界平和を祈念しつつ、神様に用いられてまいりましょう。
2025年12月7日(日) 北九州キリスト教会宣教題
「いのちをかけた宣教師たち」
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