イエスの母マリヤ
はじめに
クリスマスの時期によく教会で語られるのはイエスの降誕物語、羊飼いたちや東方の三人の博士たちの物語です。しかし、もう一組忘れてはならないのがイエスの父と母です。今回はイエスの母マリヤが人知れず背負った十字架に焦点をあてたいと思います。イエスの降誕物語の箇所にどのような十字架が隠されているのか聖書に聞いて参りましょう。
ルカ三章のキリストの系図からわかる母マリヤとイエスの家系
マタイがイエス・キリストの系図をダビデ王の家系中心に記述して、イエスが王の家系の出だということを強調しました。イエスの父ヨセフがダビデの町の出身であったことも、ヨセフがダビデ王の家系の出であったことを裏付けています。これに対して福音書記者のルカはイエス・キリストの系図を第三章に記載する時、マタイが書いた系図(マタイ福音書1章)と対照的な記述をしました。マタイがダビデの後継者を次の王となったソロモンとしているのに対して、ルカはソロモンではなく、その兄の一人であるナタンをダビデの血を引く後継者として系図に載せています。そのため、それ以降の系図はかなり違ったものとなっています。これ以降のイエスの父ヨセフまでの系図に登場する人々の特徴は預言者や祭司職についた人々と同じ名前が多いということです。このことはマリヤがバプテスマのヨハネの両親と親戚だったこととつじつまが合います。ヨハネの父は祭司であり、その妻のエリサベツはマリヤが訪ねて来た時に預言をしています。このことからも類推できるように、マリヤは預言者や祭司が多い家系の出身なのです。つまり、マタイがイエスの王としての家系を強調したのに対して、ルカはイエスの祭司としての家系を強調しているように思えます。
マリヤが背負った十字架
そこで、マリヤが祭司の家系の出身だったと考える時、マリヤが婚約段階で子どもを身ごもってしまったことは、実は命にかかわる大変な結果を招く恐れがあったのです。だからこそ、許嫁のヨセフもマリヤが妊娠した事実を知った時、当初は密かに離縁してマリヤを助けるべきかどうかと悩んだのです。それは祭司の家系の娘には破ってはならない聖書の掟があったからです。レビ記21章13節~15(167p)には次のように書いてあります。
13 彼は処女を妻にめとらなければならない。14 寡婦、出された女、汚れた女、遊女などをめとってはならない。ただ、自分の民のうちの処女を、妻にめとらなければならない。15 そうすれば、彼は民のうちに、自分の子孫を汚すことはない。わたしは彼を聖別する主だからである。
マリヤもこの教えを十分に理解していたことでしょう。そのため、まだ正式に結婚式を挙げる前の婚約期間に妊娠していることが身内に知られた場合にはどんな辱めにあうか想像できたはずです。彼女はそれを覚悟しなければならなかったのです。これがマリヤが背負った十字架です。
神の憐れみ
マタイとルカが報告しているように、人口調査の勅令という神の憐れみにより、マリヤはヨセフと共に間もなくユダヤのベツレヘムに行かなければなりませんでした。そしてその後エジプトへと旅を続けることになります。このことを通して実際にはマリヤたちは結婚式を挙げることなく、また結婚前に妊娠したことを親戚たちに知られることなくイエスを出産することができたのではないかと考えられるのです。マリヤとイエス、共に命の危険が身に迫っていたにも関わらず、神は人口調査という当時の一大イベントやその当時の支配者を用いて試練の中にも命が守られる道を開かれたのです。以上のことを理解した上で本日の受胎告知の聖書箇所を読む時、マリヤにとってどれほどこの天からのみ告げが覚悟を必要とするものであったかが改めて理解できるのではないでしょうか。
ルカによる福音書1章26-38節(83p)
26 六か月目に、御使ガブリエルが、神からつかわされて、ナザレというガリラヤの町の一処女のもとにきた。27 この処女はダビデ家の出であるヨセフという人のいいなづけになっていて、名をマリヤといった。28 御使がマリヤのところにきて言った、「恵まれた女よ、おめでとう、主があなたと共におられます」。29 この言葉にマリヤはひどく胸騒ぎがして、このあいさつはなんの事であろうかと、思いめぐらしていた。
30 すると御使が言った、「恐れるな、マリヤよ、あなたは神から恵みをいただいているのです。31 見よ、あなたはみごもって男の子を産むでしょう。その子をイエスと名づけなさい。32彼は大いなる者となり、いと高き者の子と、となえられるでしょう。そして、主なる神は彼に父ダビデの王座をお与えになり、33彼はとこしえにヤコブの家を支配し、その支配は限りなく続くでしょう」。
34 そこでマリヤは御使に言った、「どうして、そんな事があり得ましょうか。わたしにはまだ夫がありませんのに」。35 御使が答えて言った、「聖霊があなたに臨み、いと高き者の力があなたをおおうでしょう。それゆえに、生れ出る子は聖なるものであり、神の子と、となえられるでしょう。36あなたの親族エリサベツも老年ながら子を宿しています。不妊の女といわれていたのに、はや六か月になっています。37神には、なんでもできないことはありません」。38 そこでマリヤが言った、「わたしは主のはしためです。お言葉どおりこの身に成りますように」。そして御使は彼女から離れて行った。
神からのみ告げがどんなに信じ難く、また今後の人生を大きく狂わせる可能性があったとしても、彼女は「お言葉どおりこの身に成りますように」と神からの言葉を信じて、それに服従することを決心したのです。
私たちも時代がどのように変化し、また私たちの前途に暗雲が立ち込めたとしても、神の御業を信じ、共に聖書のみことばの通りに実現していくことを信じて歩んで参りましょう。
2025年12月21日(日) 北九州キリスト教会宣教題
クリスマス礼拝「イエスの母マリヤ」
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