洪水物語⑥ 希望の鳩と歴の意味

はじめに

洪水物語の7章17~24節は解説だけに留めておきます。洪水が40日間続き、やがて箱舟が浮くほどに水が増し、やがて地上の最も高い山々よりも15キュビト(約7m)水位があがったと報告しています。箱舟に入らなかったすべての陸にいた生き物は滅びたと聖書は語ります。この状態が150日間(約5ケ月間)続いたと聖書は証言しています。今回はその続きから解き明かしを始めます。

神の風(霊)が吹きつけられた地上世界

創世記8章1-12節(8p)

1節 神はノアと、箱舟の中にいたすべての生き物と、すべての家畜とを心にとめられた。神が風を地の上に吹かせられたので、水は退いた。2節 また淵の源と、天の窓とは閉ざされて、天から雨が降らなくなった

大洪水が地上を決定的に変えていくさなか、箱舟の中にいたノアとすべての生き物たちは神の御手の中にあって常に守られていたことが「心にとめられた」という表現で示される。そして、神は地上にこれまでの暴風雨ではなく、神が特別に地上全体に「」を吹き付けられたことによって水が引いていったと聖書は語る。ここで用いられている風という言葉は早くは創世記1章2節「神の霊が水の表を覆っていた」と地上が生命で満ち溢れる前の最初期の状態を表現していた時の「ルアッハ=霊」という言葉が今回の箇所で再び用いられているのである。従ってこの時の出来事というのは単に風が吹いたのではなく、神の霊が地球全体を覆いながら圧力をかけて水が再び地下に押し戻されていく様が表現されているのである。その上で神は箱舟の戸を閉じられた時と同じように「淵の源」(地下水の噴出口)を自ら閉じられたことが語られている。この箇所もまた、神がすべてを万全に整えていかれる姿が示されているのである。
こうして神の大いなるリセット(再創造)が成し遂げられたと聖書は伝えている。この箇所と創世記1章1⁻2節を合わせて黙想されたい。神の霊が地上を再び掌握したのである。そして、ここまでが3節以降のプロローグ(序説)である。

 神の時間割で進みゆく再創造

3節 それで水はしだいに地の上から引いて、百五十日の後には水が減り、4節 箱舟は七月十七日にアララテの山にとどまった。5節 水はしだいに減って、十月になり、十月一日に山々の頂が現れた

7章11節以降ノアが600歳の時の2月17日に大雨が降りだしたと聖書は記録し、そこから40日間大雨が降り続き、地下から噴き出した水が合わさって150日(約5ヵ月)後までには世界最高峰の山々までが水の下に沈むことになる。こうして地球は太古の水の惑星の状態にもう一度戻っていく。それから次第に水位が下がり、3節以降の描写となる。地上では継続的に水位が下がり続ける中、大雨開始後から5ヵ月経った7月17日に箱舟はトルコの東部の山岳地帯にあるアララテ山付近に漂着したと聖書は語る。興味深い考古学的発見のYouTube動画があるので参考にされたい。
YouTube)Ron Wyatt Discoveries [2022] Gomorrah, Red Sea Crossing, Mt Sinai, Noah’s Ark, Blood of Christ

それからさらに2か月以上が経過し、10月1日になると世界中の山々が姿を現すまでに水が引いていったことが語られている。大雨が開始し、ノアたちが箱舟に入ってから7か月半が経過したことになる。

ここまでに様々な数字が登場した。これらの数字や月日にも隠れた意味が存在する。ユダヤ教の祭りや重要な出来事、また世の終わりの預言と関係していくことになるのである。

ノアが放った鳥たちとその役割

6節 四十日たって、ノアはその造った箱舟の窓を開いて、7節 からすを放ったところ、からすは地の上から水がかわききるまで、あちらこちらへ飛びまわった。8節 ノアはまた地のおもてから、水がひいたかどうかを見ようと、彼の所から、はとを放ったが、9節 はとは足の裏をとどめる所が見つからなかったので、箱舟のノアのもとに帰ってきた。水がまだ全地のおもてにあったからである。彼は手を伸べて、これを捕え、箱舟の中の彼のもとに引き入れた

以前7章の冒頭で神がノアに特別に彼自身の手で用意させた清い生き物と清くない生き物がいたことに言及した。レビ記11章にそれらの生き物の具体例が書かれているので参照されたい。また7章3節に語られていた空の鳥の役割の一つがここに記されている。ノアによって箱舟に匿(かくま)われて命を保った生き物の一つはカラスであった。カラスは放たれてからどうなったと聖書は語っているだろうか。鳩とは違うカラスの行動は読者に思案を求めているのである。カラスはいったいどうなったのであろうか。驚くほどの生命力を感じさせる。

これに対して鳩は一定の距離を飛び回ってから戻ってきてしまった。まだ、植物が十分に再生していなかったようである。聖書で最初に登場するこれら二つの鳥は今後も聖書で重要な役割を担っていくことになる。大預言者エリヤを養ったカラスやイエスの誕生の時に捧げられた鳩など(列王記上17章4節、ルカ2章24節参照)。

聖書における完全数・平和・命の象徴

10節 それから七日待って再びはとを箱舟から放った。11節 はとは夕方になって彼のもとに帰ってきた。見ると、そのくちばしには、オリブの若葉があった。ノアは地から水がひいたのを知った

12節 さらに七日待ってまた、はとを放ったところ、もはや彼のもとには帰ってこなかった

鳩はとても忠実な鳥として知られている。だから伝書鳩としても用いられてきたのであろう。その源流は聖書のこのような物語に起因しているのかもしれない。鳩は律儀にもオリブの若葉をくわえて戻って来たのである。命の象徴であるオリブの若葉を平和の象徴である鳩が持って来たのである。そして完全数である7が二度用いられながら箱舟からノアと家族をはじめ、すべての生き物が出る時が近づきつつあることが語られる。

ただし、その前に二つの生き物が箱舟から姿を消すのである。カラスと鳩。レビ記的には空を飛ぶ生き物のうち、清くない(食べることも、捧げ物に用いることも許されない)生き物であるカラスと清い(食べることが許され、神に捧げることが許されている)生き物である鳩がそれぞれに姿を消すのである。別の言い方をすると、ノアの手によって箱舟から解き放たれ、神の完全なご支配の許に帰って行った最初の生き物たちであった。この後も神に用いられるために人間の手によって神に捧げられたという見方もできるのである。

聖書に登場する生き物や数字にはそれぞれに役割があるように、現代に生きるすべての生き物にも役割があるのである。ひとつとして無駄な命はない。それが聖書を貫くメッセージの一つである。あなたにも、わたしにもこの時代にこの国、そしてこの礼拝に招かれた意味がある。そのことを自覚し、共に喜び、今週の歩みが少しでも主の御心に沿うものとなるようにしていこう。我々も主の平和、命を授けられているのだから。

2025年2月23日(日) 北九州キリスト教会 宣教題
「洪水物語⑥ 希望の鳩と歴の意味」

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