聖書は、神の存在とその目的を見失ってしまった人類への「ラブレター」です。その中心テーマは、私たちの歩みに物心両面で深く関わり続けておられる、人格的な天地創造の神です。創世記1章は、この神を忘れてしまった私たちに対し、決定的に重要な「六段階の創造の業」を指し示しています。そこには、神様のご人格に倣って、この世界を神の祝福で満たしなさいという招きが含まれています。 本日は第1章の締めくくりとして、「見て良しとされる神」という側面から、神様が私たちに伝えようとしておられるそのお心について、共にみことばに聞いてまいりましょう。
聖書は、神の存在と、神が計画された人生の目的を忘れてしまった人類への「ラブレター」です。創世記第1章の冒頭から、神は人類に対し、物心両面で積極的に関わり続けておられる人格(神格)を持ったお方として登場しています。創世記第1章の宣教シリーズも大詰めの第六日を迎えました。今回から数回にわたり第六日を扱いながら、この人格を持った神についてさらに掘り下げて参ります。
聖書は、神の存在と、その神が計画された人生の目的を忘れてしまった人類への「ラブレター」です。創世記第1章の冒頭から、神は人類に対し、物心両面で積極的に関わり続けておられる人格(神格)を持った存在として描かれています。神は、地上における六段階の創造の業を成し遂げられました。五日目にいよいよ、地に生命が誕生する段階を迎えます。その最初を飾るのは、海の中を移動する生き物と、空を自由に飛ぶ生き物でした。なぜ神様は、他の動物より先に、これらの生き物を創造されたのでしょうか。この問いを大切にしながら、第五日の出来事が持つ意味を深めていきましょう。
聖書は、神の存在と、神が計画された人生の目的を忘れてしまった人類へのラブレターです。第一章の冒頭から神様は人類に物心両面で積極的に関わり続けておられる人格(神格)を持ったお方だということが語られています。そして、神様は人類史上最も特筆すべき、地上における六つ(六段階)の創造の業を成し遂げられたと主張しています。天地創造の前半三日目までは、この後に登場する地の生物を育むために環境を整えていかれた様子が語られていました。それは一つ一つ計画性と愛情を込めたものでした。
聖書は、神の存在と、神が計画された人生の目的を忘れてしまった人類へのラブレターです。これを証しするために、第一章の冒頭から神は、父・子・聖霊なる三位一体の神として、人類に物心両面で積極的に関わり続けておられる人格(神格)を持ったお方だと主張しています。そして、命を宿した神の言(ことば)によって、神は人類史上最も特筆すべき、地上における六つ(六段階)の創造の業を成し遂げられました。天地創造の前半(三日目=第三段階まで)は、神がこの後に創造する地の生物を育むための環境を整えていかれる段階です。
前回は第1章の冒頭から、神は父・子・聖霊なる三位一体の神として人類に霊肉両面で積極的に関わり続けておられる、人格(神格)を持ったお方であることを確認しました。そして神は「言(ことば)」によって、それまで闇に支配されていた地上に光をもたらしたと証言します。この時から事実上の「第一日」として、地球時間が時を刻み始めたのです。
続いて、この世界が命あふれる奇跡的な惑星になるために、神が介入された地球史上最も重要な「第二の出来事」とは何か、ご一緒に見ていきましょう。
聖書は、神の存在と、神が計画された人生の目的を忘れてしまった人類へのラブレターです。これを証明するために、創世記の最初の数ページが存在します。第1章2節では、父・子・聖霊なる三位一体の神のうち、「聖霊」が大切な役割を果たしていることに着目しました。今回は「神の御子イエス・キリスト」を連想させる内容について理解を深めたいと思います。聖書の最初の1ページ、わずか5節の中で、三位一体の神が描き出されていることを確認しましょう。併せて、前回から続く天地創造の第一日が、地球の始まりにおいてどのような特別の役割を果たしているのか、ご一緒に見ていきましょう。
聖書は、神の存在と、神が計画された人生の目的を忘れてしまった人類へのラブレターです。このことを大胆に語り、証明するために、創世記の最初の6頁が存在します。前回、第1節ならびに第1章全体の中心テーマは、この世界を創造された「神」であることを強調しました。神は人間が肉眼で見ることはできない存在です。では、どのようにして創造主なる神を認知できるのか。第2節以降で、神はその方法についても明らかにされています。
書籍の「はじめに」を読むと、著者の執筆動機や目的がわかります。この役割を聖書で果たすのが、最初の書である創世記の第1~5章です。通常の書籍とは違い、聖書の各章は短く、5章までわずか6頁ほどです。口語訳聖書では旧新約合わせて1,735頁にもおよびますが、その膨大な内容をみごとに凝縮し、聖書の中心主題と目的を端的に伝えているのが冒頭の5章です。その内容をひも解いていくのが、新年からはじまる「目からウロコの創世記シリーズ」です。
キリスト教ならではの教え、第四回目は主の晩餐に関係する聖句です。イエス様が十字架にかけられる前の晩、弟子たちと行った主の晩餐の中で「新しい契約」について言及されました。なぜ、イエス様が流す血が新しい契約になるのでしょうか。そもそもどのような「古い契約」があり、それがどのように新しくされるのでしょうか。