聖霊主導の大伝道集会
使徒行伝2章1-11節(新約181p)
はじめに
イエス様の招きに初代の弟子たちがどう応答したのか。私たちは、使徒行伝第2章に語られている、世界最初の大伝道集会での福音宣教の言葉に耳を傾けてまいります。本日は、聖霊降臨日(ペンテコステ)を覚えて献げる礼拝です。あの聖霊降臨の日に、一体何が起きたのでしょうか。私たちには、聖霊についてよくわからないことが多く存在します。聖霊がキリスト教にとって重要だということは頭ではわかっていても、それを正しく説明することに困難を覚える人は少なくないというのが、多くのクリスチャンの現実ではないでしょうか。 しかし、使徒行伝第2章はこれらに対して明確な答えを持っています。今回の箇所にも、重要な聖霊の働きが語られています。これからひとつずつ、み言葉をひも解いてまいりましょう。
本当に大切なことに焦点を合わせる
イエス様のご生前、弟子たちとの宣教活動の際にも、聖霊は顕著に働いていました。数々の奇跡や、弟子たちの伝道活動の支えと成功も、すべて聖霊の働きによるものでした。そして、イエス様ご自身も、次のように聖霊の働きを祈り求めることの重要性を強調なさいました。
「このように、あなたがたは悪い者であっても、自分の子供には、良い贈り物をすることを知っているとすれば、天の父はなおさら、求めて来る者に聖霊を下さらないことがあろうか」(ルカ11:13)。
父なる神様に、聖霊の祝福を与えてくださるように祈ることは、極めて重要なことだと教えられたのです。復活の主に出会い、その重要性と目的をようやく理解した弟子たちは、イエス様の遺言を忠実に実行しました。彼らは10日間のあいだ、約束された聖霊の祝福に焦点を合わせ、集中的に祈り続けました。そうして初めて、聖霊降臨の日が実現したのです。これは、すべての教会のひな型(モデル)として、聖書がはっきりと証言している事実です。
聖霊降臨前と後では、聖霊の働きがどう違っているのか
この問いは非常に重要です。これを真に理解したときに初めて、私たちは本当に福音宣教ができるようになるからです。あえて別の表現をするならば、本当の意味でクリスチャンとしてのあるべき考え方と、言動が取れるようになるからです。考えてみてください。生前にイエス様がどんなに聖霊について強調されても、あるいはこの世に来られた理由を繰り返し説明されても、弟子たちには理解できませんでした。
かつて、イエス様が弟子たちに「あなたがたはわたしをだれと言うか」と質問されたときのやり取りは、一言一句が非常に重要です。…
『そこでイエスは彼らに言われた、「それでは、あなたがたはわたしをだれと言うか」。シモン・ペテロが答えて言った、「あなたこそ、生ける神の子キリストです」。すると、イエスは彼にむかって言われた、「バルヨナ・シモン、あなたはさいわいである。あなたにこの事をあらわしたのは、血肉ではなく、天にいますわたしの父である。そこで、わたしもあなたに言う。あなたはペテロである。そして、わたしはこの岩の上にわたしの教会を建てよう。((マタイ16:15-18)
聖霊はイエス様のご生前、父なる神の権限によって働き、ペテロがこのように素晴らしい信仰告白をすることを助けられました。のちにパウロが、『…また、聖霊によらなければ、だれも「イエスは主である」と言うことができない。』(第一コリント12:3)と語っている通りです。そして、このような信仰告白を絶えず行う群れこそを、イエス様は「わたしの教会」と呼ばれたのです。今回の箇所に語られている主題も、まさにこれです。「イエス様を証しすること」にほかなりません。
今回の箇所で一番強調されている聖霊の働きとは
そこで、聖霊降臨の日に起きた出来事の中で、最も重要なポイントはどこでしょうか。 2節から6節には、聖霊が激しい音を起こし、町中の人々を弟子たちのところへ呼び集めたことが記されています。また3節には「舌のようなものが、炎のように分れて現れ、ひとりびとりの上にとどまった」とありますが、このような超自然的な現象そのものが主題でもありません。さらに4節や7節から11節には、聖霊に満たされた弟子たちが、16カ国ほどに及ぶ他国の言葉(異言)で語ったとありますが、実はこれだけでもないのです。
今回の箇所で最も強調されるべき聖霊の働きとは、11節後半に記されている、集まってきた人々の次の言葉にあります。
「あの人々がわたしたちの国語で、神の大きな働きを述べるのを聞くとは、どうしたことか。」
これこそが福音宣教であり、伝道の本質です。そして、これこそが本日の箇所で一番強調されている聖霊の働きです。しかし同時に、この驚くべき働きさえも、この後に展開していく聖霊の働きの「ほんの序章」にすぎません。この次に、ペテロの口を通して語られる「世界最初の伝道メッセージ」の内容と、それを聞いた人々の身の上に起こる大いなる変化こそが、聖霊降臨日の最大の特徴(クライマックス)となっていくのです。
おわりに
主イエス・キリストが、ご自身の十字架の贖いの死を遂げてまで実現したかったこと、それこそが真の聖霊降臨でした。イエス様が払ってくださった犠牲の大きさを知れば知るほど、私たちは聖霊の祝福に対して、本気で、真正面から向き合わなければならないと教えられます。イエス様の命がけの願いを真剣に受け取ろうとした弟子たちだからこそ、あの聖霊降臨の日を迎えることができました。私たちもまた、このペンテコステの佳き日に、聖霊の祝福に対する本物の信仰の理解を深め、これを実際に体験する教会となっていこうではありませんか。
3年半ものあいだ、イエス様と寝食を共にした弟子たちでさえ、完全には理解できなかった聖霊に関する教え。そして、その祝福の凄さを、実際にその日が来るまで体験できなかった弟子たちと同じように、私たちも今、自らの信仰姿勢を正し、聖霊の祝福を受けるために本気で向き合うべき時を迎えているのではないでしょうか。
すべては、あの弟子たちと同じように、真剣に聖霊の祝福を祈り求めるところから始まります。そして祈りが実現したとき、聖霊降臨の日に起こったように、私たちはそれぞれ心の底から「神様の御業」を他者に宣べ伝えずにはいられなくなるのです。初代教会の弟子たちが、恥も外聞も捨て、自らの命さえ犠牲にすることを覚悟して宣教へと飛び出していくことができた原動力。それは、弟子たちが連日、真剣な祈祷会を継続したことから始まりました。私自身を含め、これまで多くのクリスチャンと教会が、この聖書の原則に従って実践したときに、聖霊の圧倒的な祝福とその素晴らしい結果を体験することができました。今こそ、この大いなる目的のために、教会が一つとなり、心を合わせて祈る時ではないでしょうか。
2026年5月24日(日) 北九州キリスト教会宣教題
「聖霊主導の大伝道集会」
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