罪からの完全開放① 救い主なるイエス
はじめに
アドベント第2週を迎えました。全世界また全人類の救い主であるイエス・キリストのご降誕と再臨を覚えて礼拝するクリスマス。これから4週に渡ってイエス様が罪からの完全開放を導いて下さる唯一の救い主であることを共にみ言葉から聞いていきます。
今年は例年になく、特別イベントが目白押しです。本日はアメリカ中西部、テキサスのすぐ上にあるオクラホマ州ヘンダーソン・ヒルズ・バプテスト教会より6名の短期宣教チームと福岡で活躍する南部バプテスト宣教団チーム数名を迎えての特別礼拝です。先週木曜日の打ち合わせの日には、急遽ナオミ愛児園でも子どもたちに賛美を披露して下さいました。彼らの熱き宣教スピリットに触れながら、共に礼拝を捧げましょう。
聖霊に満たされて大胆に福音を宣教したペテロ
使徒行伝4章8-14節(185p)
『8節 その時、ペテロが①聖霊に満たされて言った、「民の役人たち、ならびに長老たちよ、9節 わたしたちが、きょう、取調べを受けているのは、病人に対してした良いわざについてであり、この人がどうしていやされたかについてであるなら、10節 あなたがたご一同も、またイスラエルの人々全体も、知っていてもらいたい。この人が元気になってみんなの前に立っているのは、ひとえに、あなたがたが十字架につけて殺したのを、②神が死人の中からよみがえらせたナザレ人イエス・キリストの御名によるのである。11節 このイエスこそは『あなたがた家造りらに捨てられたが、隅のかしら石となった石』なのである。 12節 ③この人による以外に救はない。わたしたちを救いうる名は、これを別にしては、天下のだれにも与えられていないからである」。13節 人々はペテロとヨハネとの大胆な話しぶりを見、また同時に、ふたりが無学な、ただの人たちであることを知って、不思議に思った。そして彼らがイエスと共にいた者であることを認め、14節 かつ、彼らにいやされた者がそのそばに立っているのを見ては、まったく返す言葉がなかった。』
3章冒頭で、この時に癒されたのは生まれながらに足の障がいのために自力歩行ができないでいた人だったことがわかる。同6節でペテロは大胆に「金銀はわたしには無い。しかし、わたしにあるものをあげよう。ナザレ人イエス・キリストの名によって歩きなさい」。と主イエスの名を根拠に癒しを行った。ペテロが今回の宣教の中で強調した福音の中核の内容とは何か。①聖霊の働きが必要不可欠だということ。②復活して死さえも克服できた「ナザレ人」=正真正銘の人間だと強調したこと。当時の人々の聖書理解では、人間が死ぬのは、罪に支配されているためだと理解していた。「罪の支払う報酬は死である。」(ローマ6:23)と教えている。イエスが復活したという事実は、人間が罪を克服し、死に勝利して生きることができることを証明しているのである。当時は障がいを持つことも、罪の影響と考えられていた。ペテロはこれらを根拠にイエス・キリストこそ、すべての罪のしがらみから人類を解放する救い主だと宣言したのである。
聖書が強調する救い主とは、人間に死と呪いをもたらす罪からの完全開放を導いて下さる、この世に遣わされた人となられた神の子、イエス・キリスト(救い主)を指す。この働きだけは他のどのような宗教も教祖も担うことはできない。歴史上ただ一度だけ、人間の姿でこの世に来られ、一度も神の命令に背くことなく生き抜いたのは、人類でイエス・キリスト以外に存在しない。だからペテロは③のように宣言することができたのである。
罪からの完全開放をもたらす救い主イエス
「ナザレ人イエス・キリストの名によって歩きなさい。」とは、罪に完全勝利する道を聖霊の導きによって生きることを指す。死んだ後、どんなに不老不死の存在になったとしても、この世で体験するあらゆる罪とその呪いから解放されていなければ、そこは地獄でしかない。イエス・キリストの御前に謙虚に自分の罪を認め、罪を悔い改めなければ、天国には決して入ることはできない。ヨハネ14章6節「わたしは道であり、真理であり、命である。…」この後半に極めて重要な信仰理解が語られている。「だれでもわたしによらないでは、父のみもとに行くことはできない。」。「父のみもと」とは天国を指している。神の慈愛に満ちた光はすべての罪を露わにする。「悪を行っている者はみな光を憎む。そして、そのおこないが明るみに出されるのを恐れて、光にこようとはしない。」(ヨハネ3:20)世の光である神の子イエスがおられる天国。そこに罪を解決せずに行くことは不可能なのである。
罪からの解放を体験して始まる真実の礼拝
「7節 こう言って彼の右手を取って起してやると、足と、くるぶしとが、立ちどころに強くなって、8節 踊りあがって立ち、歩き出した。そして、歩き回ったり踊ったりして神をさんびしながら、彼らと共に宮にはいって行った。」
癒しされたこの人は主イエス・キリストに罪をあがなわれ、罪の赦しを宣言され、癒され、神の救いを体験した。そして心から神を賛美しながら使徒たちと共に神を礼拝するために宮(神殿)に行ったことが語られている。我らもこれに続いていこう。世界中の人々と共に。
2024年12月8日(日) 北九州キリスト教会宣教題
「罪からの完全開放①救い主なるイエス」
ヘンダーソン・ヒルズ・バプテスト教会


左からKathy&Elbert Franklin, Randey Lackey,
Greg Williamson, Kaelynn Craig, Terri Johnson

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