罪からの完全開放③ 希望のひかりイエス
- 2024.12.31
- 目からウロコの聖書
- へブル人への手紙, エペソ人への手紙, コロサイ人への手紙, テモテへの第一の手紙, ペテロの第一の手紙, ヤコブの手紙, ヨハネによる福音書, ヨハネの第一の手紙, ヨハネの黙示録, 使徒行伝, 光
はじめに
本日はクリスマス礼拝につき、これまでにしたことがない特別な宣教スタイルで話したいと思います。今日のテーマについて聖書がいかに様々な言い方を駆使してイエス・キリストが希望のひかりなのかについて語っていることを実際に33の聖書箇所をご一緒に確認していきたいと思います。
光について言及している33の聖書の箇所
ヨハネの第一の手紙1章5節(376p)
Ⅰヨハネ1:5 わたしたちがイエスから聞いて、あなたがたに伝えるおとずれは、こうである。神は光であって、神には少しの暗いところもない。
ヨハネ 1:7 この人はあかしのためにきた。光についてあかしをし、彼によってすべての人が信じるためである。
…<聖書箇所を省略形で表記します>
ヨハ 1:8 彼は光ではなく、ただ、光についてあかしをするためにきたのである。
ヨハ 1:4 この言に命があった。そしてこの命は人の光であった。
ヨハ 1:9 すべての人を照すまことの光があって、世にきた。
ヨハ 3:19 そのさばきというのは、光がこの世にきたのに、人々はそのおこないが悪いために、光よりもやみの方を愛したことである。
ヨハ 3:20 悪を行っている者はみな光を憎む。そして、そのおこないが明るみに出されるのを恐れて、光にこようとはしない。
ヨハ 3:21 しかし、真理を行っている者は光に来る。その人のおこないの、神にあってなされたということが、明らかにされるためである。
ヨハ 8:12 イエスは、また人々に語ってこう言われた、「わたしは世の光である。わたしに従って来る者は、やみのうちを歩くことがなく、命の光をもつであろう」。
ヨハ 9:5 わたしは、この世にいる間は、世の光である」。
ヨハ 11:9 イエスは答えられた、「一日には十二時間あるではないか。昼間あるけば、人はつまずくことはない。この世の光を見ているからである。
ヨハ 11:10 しかし、夜あるけば、つまずく。その人のうちに、光がないからである」。
ヨハ 12:35 そこでイエスは彼らに言われた、「もうしばらくの間、光はあなたがたと一緒にここにある。光がある間に歩いて、やみに追いつかれないようにしなさい。やみの中を歩く者は、自分がどこへ行くのかわかっていない。
ヨハ 12:36 光のある間に、光の子となるために、光を信じなさい」。イエスはこれらのことを話してから、そこを立ち去って、彼らから身をお隠しになった。
ヨハ 12:46 わたしは光としてこの世にきた。それは、わたしを信じる者が、やみのうちにとどまらないようになるためである。
使 26:18 それは、彼らの目を開き、彼らをやみから光へ、悪魔の支配から神のみもとへ帰らせ、また、彼らが罪のゆるしを得、わたしを信じる信仰によって、聖別された人々に加わるためである』。
使 26:23 すなわち、キリストが苦難を受けること、また、死人の中から最初によみがえって、この国民と異邦人とに、光を宣べ伝えるに至ることを、あかししたのです」。
エペ 5:8 あなたがたは、以前はやみであったが、今は主にあって光となっている。光の子らしく歩きなさい――
エペ 5:9 光はあらゆる善意と正義と真実との実を結ばせるものである――
エペ 5:14 明らかにされたものは皆、光となるのである。だから、こう書いてある、/「眠っている者よ、起きなさい。死人のなかから、立ち上がりなさい。そうすれば、キリストがあなたを照すであろう」。
コロ 1:12 光のうちにある聖徒たちの特権にあずかるに足る者とならせて下さった父なる神に、感謝することである。
一テサ 5:5 あなたがたはみな光の子であり、昼の子なのである。わたしたちは、夜の者でもやみの者でもない。
一テモ 6:16 神はただひとり不死を保ち、近づきがたい光の中に住み、人間の中でだれも見た者がなく、見ることもできないかたである。ほまれと永遠の支配とが、神にあるように、アァメン。
ヘブル 6:4 いったん、光を受けて天よりの賜物を味わい、聖霊にあずかる者となり、
ヘブル 10:32 あなたがたは、光に照されたのち、苦しい大きな戦いによく耐えた初めのころのことを、思い出してほしい。
ヤコブ 1:17 あらゆる良い贈り物、あらゆる完全な賜物は、上から、光の父から下って来る。父には、変化とか回転の影とかいうものはない。
一ペテ 2:9 しかし、あなたがたは、選ばれた種族、祭司の国、聖なる国民、神につける民である。それによって、暗やみから驚くべきみ光に招き入れて下さったかたのみわざを、あなたがたが語り伝えるためである。
一ヨハ 1:5 わたしたちがイエスから聞いて、あなたがたに伝えるおとずれは、こうである。神は光であって、神には少しの暗いところもない。
一ヨハ 1:7 しかし、神が光の中にいますように、わたしたちも光の中を歩くならば、わたしたちは互に交わりをもち、そして、御子イエスの血が、すべての罪からわたしたちをきよめるのである。
一ヨハ 2:8 しかも、新しい戒めを、あなたがたに書きおくるのである。そして、それは、彼にとってもあなたがたにとっても、真理なのである。なぜなら、やみは過ぎ去り、まことの光がすでに輝いているからである。
一ヨハ 2:9 「光の中にいる」と言いながら、その兄弟を憎む者は、今なお、やみの中にいるのである。
一ヨハ 2:10 兄弟を愛する者は、光におるのであって、つまずくことはない。
黙 22:5 夜は、もはやない。あかりも太陽の光も、いらない。主なる神が彼らを照し、そして、彼らは世々限りなく支配する(=再び闇に支配されることは永遠にないという約束)。
聖書は神の命の言葉、イエスの希望のひかりそのもの、ゆえに…
ヨハ 10:30 わたしと父とは一つである」。
ヨハ 14:9 イエスは彼に言われた、「ピリポよ、こんなに長くあなたがたと一緒にいるのに、わたしがわかっていないのか。わたしを見た者は、父を見たのである。どうして、わたしたちに父を示してほしいと、言うのか。
ヨハ 5:39 あなたがたは、聖書の中に永遠の命があると思って調べているが、この聖書は、わたしについてあかしをするものである。
わたしたちは聖書を通してこれからも日々イエス・キリストを通して神と出会い、希望に満たされていきたい。また、希望の光、命の言葉を全世界に輝かせていきたい。
2024年12月22日(日) 北九州キリスト教会宣教題
「罪からの完全開放③ 希望のひかりイエス」
-
前の記事
罪からの完全開放② 犠牲の神の小羊 2024.12.31
-
次の記事
罪からの完全開放④ 無限の希望の主 2024.12.31