世の終わりシリーズ② 大患難時代
- 2025.10.13
- 目からウロコの聖書
- テサロニケ人への第一の手紙, ペテロの第二の手紙, マタイによる福音書, ヨハネによる福音書, ラッパの音, レフト・ビハインド, 反キリスト, 携挙, 空中再臨, 黙示録
マタイによる福音書24章15-42節(40p)
(今回の聖書箇所は宣教の最後に載せています。上のリンクをクリックしてご覧ください。)
参考…「レフト・ビハインド」シリーズの小説と同ネット動画
はじめに
今回のシリーズでは私たちが住む地上世界がどのように終わりを迎えていくかについての聖書の預言を見ています。聖書は最終的な新しい天と地が実現する前に、大きく分けて3つの特筆すべき段階があると教えています。7年間の大患難時代、千年王国、そして最後の審判です。今回は7年間の大患難時代とそこに突入する時に起きる可能性が高いと考えられている携挙とキリストの再臨についてみことばに聴いていきます。
荒らす憎むべき者
今回の箇所では16節、30節、40節と「そのとき」というキーワードが繰り返し用いられています。これらは大患難時代に突入する時期に起きる事柄を、マタイが様々な角度から繰り返し語っているという視点でみていきます。
冒頭の15節でイエス様は大患難時代について説明を始める際にダニエル書の預言を引用しています。本日の箇所とダニエル書で共通しているのは、世界を支配することになる人物についてです。ただし聖書ではその人物を「荒らす憎むべき者」と表現しています。その理由は、それまでの様々な世の中の仕組み(を廃止して世界統一政府を樹立し)や伝統(世界の諸宗教を廃止して世界統一の宗教等)を彼が好むように造り変えてしまうだけでなく、イスラエルに対して決して許されない裏切り行為を実行するからです。ダニエル書の関連箇所を見て見ましょう。
ダニエル書9章27節 「彼(荒らす憎むべき者・反キリスト・大患難時代の世界的支配者)は一週の間(7年間)多くの者(国々)と、堅く契約を結ぶでしょう。そして彼はその週の半ば(3年半)に、犠牲と供え物(神殿祭儀)とを廃するでしょう。」
この箇所で預言されているようなことが起きるためには、大患難時代突入の時期に約2千年間途絶えている神殿祭儀が再開されていなければなりません。この預言に神殿祭儀が半ばに廃止されるとあるからです。そのため、世の終わりの預言に敏感な人々は、今後いつイスラエルにおいて神殿祭儀が再開されるかに注目しています。紀元70年にローマ帝国が神殿を完全に破壊し、690年頃から同聖地にイスラム教の三大聖地・岩のドームが立っている状況が現在まで続いています。
マタイは今回の箇所の冒頭で、この荒らす憎むべき者が「聖なる場所に立つのを見たならば(読者よ、悟れ)、」と注意喚起しています。恐らくこの人物が近未来に復興されるエルサレム神殿において、秋の祭の時期に、本来ならば祭司たちだけが近づくことができる神殿入り口に立つか、それ以上のことを行うことによって、律法に定められた神殿祭儀を汚すことを指すと考えられます。
そのカギを握る「荒らす憎むべき者」は、イエス・キリストも最初は救世主のように取り扱われながら、次第に敵視されたように、「荒らす憎むべき者」は多くの人々から世界の諸問題を解決できる世界的指導者として絶大な人気を得て歴史の表舞台に登場すると考えられています。しかし、聖書預言では、この人物こそ世界を裏切る反キリストだと警告します。
イエス・キリストが十字架の上で息を引き取られた時にすさまじい大地震が起きたように、恐らくこの神殿と神聖な契約の箱が汚される時に世界規模のかつてない地震と大災害が起きるのではないかと考えています。いずれにしましても、この出来事は大患難時代の前半に起きることが聖書預言から推測できるのです。そして、世界統一宗教を拒むユダヤ教徒とクリスチャンのかつてない大迫害が起きると考えられています。しかし、それから超自然的な方法で守られるクリスチャンたちがいると本日の箇所やテサロニケ人への手紙、ヨハネの黙示録などが預言しています。
キリストの空中再臨と携挙
世界的指導者が本来近づいてはならない聖なる場所に立つ出来事が起きたならば、命がけで危険な平地から逃げ延びて山手やできるだけ高い場所に逃げるように警告しています(16-18節参照)。これは東日本大震災の後に襲ってきた破壊的な津波を連想させます。この前代未聞の大惨事が起きる際にはキリストの空中再臨と携挙が起きると聖書は預言しているのです。本日の箇所およびⅠテサロニケ人への手紙4章16節~5章9節では、この出来事は終末預言に注目していない人にとってはノアの洪水同様予期しない時に突然世界規模で起きる出来事になると預言しています。
これが夏~秋の時期に起きることについて、本日の箇所でも32節がそれを示唆しています。また、31節に「大いなるラッパの音と共に」とあるように、世界中にラッパのような大音響が響き渡ることが預言されています。さらには、ユダヤ教の秋の祭は別名角笛(ラッパ)を吹く祭りと言われており、初日から祭の終わりまで何度もラッパが吹かれる祭りとして有名なのです。
聖書の預言通りにキリストが約2000年前に最初に地上世界に来られ、十字架に掛けられ、復活されたのがユダヤ教の春の祭の時期でした。そこでキリストが再臨されて聖書の預言が再び本格的に成就していくのはユダヤ教の秋の祭の時期だと多くの研究者は考えています。
この時期に具体的に何が起きるのか、それは超自然的な形でイエス・キリストが世界中の人々に目撃されながら天から地上に向かって途中まで降下して来られるのを目撃することになります。これを「空中再臨」といいます(次回これとは別に大患難時代の終わりにもう一度イエス様が再臨される預言を取り上げますが、こちらを区別して「地上再臨」といいます)。そして続く31節にあるように超自然的な形で全世界にラッパの音響が鳴り渡り、世界中の正真正銘のクリスチャンたちおよび妊婦のお腹の中にいる胎児や一定年齢以下の幼子たち(19節参照)が天から途中まで下って来られるイエス様の元へと瞬間移動=携挙されるのです。これが空中再臨と携挙という同時に起きる終末預言です。彼らはこうして地球規模の大災害を免れると聖書は預言しています。
大患難時代の全貌
聖書の預言を元に考えられる有力なシナリオの一つは、世界規模の大災害が起きると同時に再臨と携挙が起き、大勢の人々は生き残るための闘いを強いられることになります。その時に頭角を現すのがやがて反キリストであり、当初は世界の救世主とあがめられる人物です。世界はこの指導者の元で一致団結し、復興されていくことになります。ただし、この反キリストは権力をほしいままにしていくと考えられています。その中央政府は聖書で登場するバビロン(バビロニア)と呼ばれる場所に建設され、大患難時代の最後には崩壊していく預言もあります(黙示録18章冒頭参照)。
そして、既に語ったように7年の半分である三年半後からユダヤ教徒とクリスチャンたちへの大迫害が本格化します。黙示録13章後半には特別に世界中に設置される偶像を拝まない者、また政府が強制する額や手に特殊な印を受けない者は命がけで生きる時代になります。それらの人々は必要な物資を売り買いすることができなくなり、捕まれば殺されることになります。しかし、黙示録に預言されている大患難時代の終わりに近づくほど厳しさを増す超自然的な災いが次々起きる中で、携挙の後で改心してクリスチャンになった人々の中には、信者同士助け合って最後まで生き延びる希望が残されています。(ダニエル書12章11-12節)
この大患難時代は神様の最終警告に他なりません。神様は永遠に悪を野放しにされるのではありません。
「主は…ひとりも滅びることがなく、すべての者が悔改めに至ることを望み、あなたがたに対してながく忍耐しておられるのである。」(Ⅱペテロ3章9節)
「光のある間に、光の子となるために、光を信じなさい。」(ヨハネ12章36節)
「しかし…その日が、盗人のようにあなたがたを不意に襲うことはないであろう。…あなたがたは…光の子…である。」(黙示録5章4-5節)
2025年10月12日(日) 北九州キリスト教会宣教題
「世の終わりシリーズ② 大患難時代」
(今回の聖書箇所)
マタイによる福音書24章15-42節(40p)
15節 預言者ダニエルによって言われた荒らす憎むべき者が、聖なる場所に立つのを見たならば(読者よ、悟れ)、 16節 そのとき、ユダヤにいる人々は山へ逃げよ。 17節 屋上にいる者は、家からものを取り出そうとして下におりるな。 18節 畑にいる者は、上着を取りにあとへもどるな。 19節 その日には、身重の女と乳飲み子をもつ女とは、不幸である。 20節 あなたがたの逃げるのが、冬または安息日にならないように祈れ。 21節 その時には、世の初めから現在に至るまで、かつてなく今後もないような大きな患難が起るからである。 22節 もしその期間が縮められないなら、救われる者はひとりもないであろう。しかし、選民のためには、その期間が縮められるであろう。
23節 そのとき、だれかがあなたがたに『見よ、ここにキリストがいる』、また、『あそこにいる』と言っても、それを信じるな。 24節 にせキリストたちや、にせ預言者たちが起って、大いなるしるしと奇跡とを行い、できれば、選民をも惑わそうとするであろう。 25節 見よ、あなたがたに前もって言っておく。 26節 だから、人々が『見よ、彼は荒野にいる』と言っても、出て行くな。また『見よ、へやの中にいる』と言っても、信じるな。 27節 ちょうど、いなずまが東から西にひらめき渡るように、人の子も現れるであろう。 28節 死体のあるところには、はげたかが集まるものである。
29節 しかし、その時に起る患難の後、たちまち日は暗くなり、月はその光を放つことをやめ、星は空から落ち、天体は揺り動かされるであろう。 30節 そのとき、人の子のしるしが天に現れるであろう。またそのとき、地のすべての民族は嘆き、そして力と大いなる栄光とをもって、人の子が天の雲に乗って来るのを、人々は見るであろう。 31節 また、彼は大いなるラッパの音と共に御使たちをつかわして、天のはてからはてに至るまで、四方からその選民を呼び集めるであろう。
32節 いちじくの木からこの譬を学びなさい。その枝が柔らかになり、葉が出るようになると、夏の近いことがわかる。 33節 そのように、すべてこれらのことを見たならば、人の子が戸口まで近づいていると知りなさい。 34節 よく聞いておきなさい。これらの事が、ことごとく起るまでは、この時代は滅びることがない。 35節 天地は滅びるであろう。しかしわたしの言葉は滅びることがない。 36節 その日、その時は、だれも知らない。天の御使たちも、また子も知らない、ただ父だけが知っておられる。 37節 人の子の現れるのも、ちょうどノアの時のようであろう。 38節 すなわち、洪水の出る前、ノアが箱舟にはいる日まで、人々は食い、飲み、めとり、とつぎなどしていた。 39節 そして洪水が襲ってきて、いっさいのものをさらって行くまで、彼らは気がつかなかった。人の子の現れるのも、そのようであろう。 40節 そのとき、ふたりの者が畑にいると、ひとりは取り去られ、ひとりは取り残されるであろう。 41節 ふたりの女がうすをひいていると、ひとりは取り去られ、ひとりは残されるであろう。 42節 だから、目をさましていなさい。いつの日にあなたがたの主がこられるのか、あなたがたには、わからないからである。
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