受難予告③ 十字架を明言される主
マタイによる福音書も各福音書もイエスが受難予告を繰り返し弟子たちに語ったことを記録している。それはなぜか。弟子たちに語った目的とは。どんな内容を理解して欲しかったのか。受難週を次週に迎える今回は、マタイによる福音書20章に書かれている十二弟子だけに語られた受難予告から、十字架刑が意味するところ、そして預言者イザヤを通してこのことが神の御心であったことを確認していく。
斎藤信一郎牧師の、聖書あれこれ
マタイによる福音書も各福音書もイエスが受難予告を繰り返し弟子たちに語ったことを記録している。それはなぜか。弟子たちに語った目的とは。どんな内容を理解して欲しかったのか。受難週を次週に迎える今回は、マタイによる福音書20章に書かれている十二弟子だけに語られた受難予告から、十字架刑が意味するところ、そして預言者イザヤを通してこのことが神の御心であったことを確認していく。
どの福音書にもイエスが3度受難予告をしたことが記されている。マタイによる福音書では、16章、17章、そして20章でそれらを取り上げている。 それらはいつどのような状況の時に話されたのか。また、それぞれの受難予告には違いがあるのか。今月24日に受難週を迎え、31日はイースター礼拝となる。この機会にイエスが繰り返し受難予告をした理由について理解を深めていく。今回は16章全体を視野に入れながらイエスの受難予告を共に考えていく。救いの概念がさらに豊かにされることを期待して。