洪水物語② 神の失望と希望
はじめに
創世記6章からノアの物語が始まります。ノアと言えば洪水物語を連想される方も多いことでしょう。本当に過去に全世界を水で覆う出来事が起こり、ノアの箱舟に入った生きものだけが残り、他の生きものは全滅したのでしょうか。何がそれほどまでに神を失望させたのでしょうか。それは現代とどれほどの違いがあると言えるのでしょうか。
ノアの時代の人々はノアを通して神が語られた言葉を本気で信じることができませんでした。そして滅ぼされました。イエス・キリストが宣教された時代の人々は、神が遣わされた救い主の言葉を本気で信じることができず、キリストを十字架につけてこの世から抹殺してしまいました。
聖書的には「世の終わりの時」という時代区分に生きる我々は、これらの歴史的教訓から何を学び、どうノア物語から学ぶことができるのでしょうか。
今回のシリーズを通して過去の二つの結果とは違う希望へとつながる第三の選択の道があることを学んでいきましょう。
神の子たちとは誰のことか
創世記6章1-10節(6p)
1節 人が地のおもてにふえ始めて、娘たちが彼らに生れた時、2節 神の子たちは人の娘たちの美しいのを見て、自分の好む者を妻にめとった。3節 そこで主は言われた、「わたしの霊はながく人の中にとどまらない。彼は肉にすぎないのだ。しかし、彼の年は百二十年であろう」。
「神の子たち」とはだれのことを指すのかについて、様々な議論がある。私が推奨するのは、神の御心に生きることを選んで神と共に生きていた者たちという理解。5章で語られていた初代アダム、二代目セツと続くノアまでの系譜に登場する人々がそれにあたる。そして「人の娘たち」とはカインの子孫に代表される神と共に歩むことから遠ざかった者たちの娘と今回は理解したい。
前回確認したように、ノアまでの祖父たちの中にカインの子孫から名前を付けた人々が少なくとも二人いた。エノク(創4:17➡5:21)とレメク(創4:18➡5:25)。時代が進むにつれ、両方の一族が親戚関係を深めて行ったことが示唆されている。こうして、ノアの系譜に属する一族の中からも神と共に歩むことを軽んじ、次第に3節で神が語るように「わたしの霊はながく人の中にとどまらない。」という事態に発展していったことが語られている。
聖書では「神の霊」がながく人の中にとどまるのか、とどまらないのかは、意識的に神と共に歩む人生を送っているか、そうでないかで区別している。そして、「神の霊」こそが命の根源なので、神の霊を次第に失っていく人類の行く末を預言してこの箇所では人類の寿命が相対的に120年に向かっていくと預言している。百年以上前の時代より、現代人の方がこれを実際に目の当たりにしているのではないだろうか。
ネピリムとはどういう者たちのことか
4節 そのころ、またその後にも、地にネピリムがいた。これは神の子たちが人の娘たちのところにはいって、娘たちに産ませたものである。彼らは昔の勇士であり、有名な人々であった。
これも諸説あるが、前述の理解から発展させると、非常に体格的にも能力的にも優れた戦闘に秀でた一族を指すと考えられる。神と共に生きる神のみ心に忠実な人々よりも、次第にこういう戦闘的な技能に優れた人々がネピリムと呼ばれて人々の人気と尊敬を博して行ったことが伺える。そのため、次節以降のような状況が登場することになる。
神の失望
5節 主は人の悪が地にはびこり、すべてその心に思いはかることが、いつも悪い事ばかりであるのを見られた。6節 主は地の上に人を造ったのを悔いて、心を痛め、7節 「わたしが創造した人を地のおもてからぬぐい去ろう。人も獣も、這うものも、空の鳥までも。わたしは、これらを造ったことを悔いる」と言われた。
もはやこの時代になると、人間だけでなく、弱肉強食の世界が恐ろしい勢いであらゆる生物に影響を与えていたことを聖書は語る。それは神が望んでいた世界とはあまりにもかけ離れたものとなってしまった。この現実を神がどれほど心を痛めながら眺められたことか。現在の世界の状況は果たしてこの時代とどれだけ違っていると言えるのだろうか。
神の希望
8節 しかし、ノアは主の前に恵みを得た。9節 ノアの系図は次のとおりである。ノアはその時代の人々の中で正しく、かつ全き人であった。ノアは神とともに歩んだ。
これら3つの節の言葉は一つ一つ重要である。冒頭に「しかし」とある。時代がどんなに神と共に生きることを拒否して生きる時代になっていたとしても、それに抗った信仰者たちがいたのである。「主の前に恵みを得た。」とは、神の祝福を受けるに足る生き方を貫いたという意味だと考えられる。
そして聖書の中心主題が登場する。「ノアは神とともに歩んだ」、神のみこころを弁え、尋ね求めながら、神と共に歩み続けることこそが、祝福の源だと聖書は宣言する。前回この栄誉にあずかったことが強調された最初の人物はセツの子孫の方のエノクであった。彼には2度も神と共に歩んだという表現が使われている。
そして新約聖書でイエス・キリストの誕生物語の場面でもマタイ福音書1章24節で天使ガブリエルはイエスが「インマヌエル」、すなわち「神われらと共にいます」と呼ばれるようになると預言している。これは神と共に歩むことと同義語だと言える。ノアは彼の時代以前の先祖の最も神と親密な交わりをしながら生きたエノクの信仰に生き、やがて全人類の救い主としてこの世にこられ、完全に神と共に歩んだ人物、イエス・キリストの架け橋としての役割をしているのである。ここに我々の希望もある。
三人の息子たちが暗示している三つの人種・人類
10節 ノアはセム、ハム、ヤペテの三人の子を生んだ。
最期にノアの息子たちの名前の意味とそれが暗示している内容に触れる。
ノアの長男セム。意味は「名声」。やがて世界にその名を轟かせていくことになる民族を示唆している。やがてバビロン帝国を築いていく民族の祖であり、アブラハムとユダヤ民族もこの系譜に属する。次男ハム「熱い」。何事にも熱心な反面、好戦的な性格を連想させる。古代のエジプト帝国やカナン民族、アブラハムの長男イシマエルの子孫(イスラム教徒)の系譜に属する。そして三男ヤペテ「広がる」。彼は全世界に散らばっていくユダヤ民族(デアスポラの民)やローマ帝国、そしてキリスト教徒を連想させる。創世記10章に述べられているノアの子たちの系図からもこのことは裏付けられている。
ノアの洪水物語は人類に向けた神の救済計画の一部としてこれからも読んでいくことになる。
2025年1月26日(日) 北九州キリスト教会宣教題
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