帰路に立つバプ連と希望

はじめに

これから3回に渡って毎月第4主日は、当北九州キリスト教会が所属する日本バプテスト連盟(以下バプ連)特有の特徴を取り上げます。単なる教派の特徴ではなく、教派特有の特徴に焦点を合わせていきます。これこそ、現代の二極化していく世界の中で意義があると考えるからです。

これまでバプ連は、時代の要請、変化と向き合い、絶えず自己検証をしながら、その都度最善の策を模索して来ました。政教分離、差別問題、公害問題、障がい者、震災支援、生活困窮者支援、国際紛争支援、ジェンダー課題など、様々な分野における支援活動を平行して担って来ました。しかも、自ら進んでこれらの取組に対して落ち度や誤った発言ならびに対応がなかったかを検証し、自活的に罪責告白を試みて参りました。そうするのは、だれもが神様の御前で欠け多く、誤り多きことをわきまえているからです。また、歴史から反省なき民は滅びへと向かうことを学んできたからです。

このような特徴と流れを汲むバプ連には、現在どのような教派特有の特徴があるのでしょうか。ここに、3回に渡って、その際立つ特徴を取り上げながら、それが聖書と照らし合わせてどのような意義があるのか、みことばに聞いて参ります。

親団体と一定の距離を置き、独自の歩みをはじめているバプ連

バプ連は米国南部バプテスト連盟の物心両面での多大なご支援により、今日までの歩みを実現することができました。1889年にマッコーラム宣教師夫妻とブランソン宣教師が横浜に来日して以来、「全日本にキリストの光を」をスローガンに現在は308の教会・伝道所が全国に展開するまでになりました。
その一方で、途中からの南部バプテスト連盟の世界伝道における方針転換により、宣教師たちがバプ連の教会から離れて独自の伝道政策を展開するようになり、従来とは違った関係構築を余儀なくされました。加えて、米国の急激な神学の自由化の波に対処すべく、南部バプテスト連盟は保守的な神学理解の徹底、女性牧師の起用の廃止、同性婚の禁止などを同連盟内で強力に推進するようになりました。これらの方針が女性牧師を多く抱えるバプ連の方向性と合わず、一定の距離を置きつつ、今日まで協力伝道を模索して参りました。

右から左まで豊かな神学的立場を容認する現在のバプ連

通常は、どの教派も核となる成文化された信仰信条を厳格に守り、そこから脱線する教会に厳しく対処します。しかし、バプ連はこの点が非常に曖昧なところに教派特有の特徴があります。バプ連には「各個教会主義」という重視している約束ごとがあります。それぞれの教会が主体的に教会運営をし、独自に牧師招聘と教会予算執行を行うことができます。
バプ連の組織は、各教会の決断を最大限尊重し、助言はできても、強制的な内政干渉ができないことになっています。この点、他教派では本部にあたる組織が、牧師人事や福利厚生、開拓伝道、時には教会運営等に対して、より強い発言権を有しています。

この根本的な教会と連盟諸教会とのあり方が他教派より重視されて来たため、次第に他に例をみない、神学的に右から左まで混在する教派となっていきました。現在では、これが聖書理解、主の晩餐理解、同性婚、社会問題への取組に至るまで、同じ教派でありながら、正反対の理解と活動を展開する事例が数多く存在するようになりました。

聖書主義を尊重するバプ連として

このような経緯から、他の教派では閉鎖に追い込まれたり、とっくに分裂してもおかしくない状態にありながらも、大きな分裂を起こすことなく、互いに隔ての中垣を超えて尊重しあい、協力伝道を継続することができています。
月始に福岡市の西南学院大学で行われたバプテスト・フェスティバルは、教会ごとの違いを超えて互いに喜び合い、励まし合う機会となりました。もともと、このようなあり方は、聖書にその原点があると言えるのです。

ローマ人への手紙12章2-3節(新約249p)

12:2 あなたがたは、①この世と妥協してはならない。むしろ、②心を新たにすることによって、造りかえられ、何が神の御旨であるか、何が善であって、神に喜ばれ、かつ全きことであるかを、わきまえ知るべきである。
12:3 わたしは、自分に与えられた恵みによって、あなたがたひとりびとりに言う。③思うべき限度を越えて思いあがることなく、むしろ、神が各自に分け与えられた信仰の量りにしたがって、慎み深く思うべきである。

私たちは、①この世の動きと②聖書が指し示す生き方とに矛盾が生じた時、「聖書を唯一無二の判断基準」として大事にします。各教会だけでなく、それぞれの教会の個人個人にも③この原則は適用されます。

現在の世の中は様々な領域で2極化が進んでいます。メディアも気を付けないと右寄り、左寄りに偏った報道になりかねません。バプテスト連盟内の諸教会もこの影響を受けていることを自戒する必要があるのです。お互いの教会に対しても、教会員同士であっても、自らの立場を絶対化せず、思うべき限度を超えて思い上がらないこと、各自に現在分け与えられている信仰の量りに従って、言動を慎むことが重要になってきています。

現在、AI情報の普及によって、利用者は自分の好みに偏った情報ばかりが提供されるようになりました。これが原因で、自分とは異なる意見を元にした総合判断を下すことが困難になって来ています。そして、2極化が進み、自分と違う信条や主義主張をする人を敵視する時代になりつつある現代だからこそ、主イエス様のように、考え方も主義主張も違う者達を弟子に選ばれた共同体の価値を再評価するべきではないでしょうか。日々聖霊とみことばによって心を新たにし、日ごとに造り変えられながら成長し、ますます神様の御旨をわきまえたいと願わされます。

神様の御前では欠点など存在しないのです。それは聖霊の助けによって克服していく領域でしかありません。神様の御前では、他の人には理解できない悩みや過去があることも欠点ではありません。他の人に理解され、共有される必要もありません。それは、神様の特別な親善大使として用いていただける貴重な経験なのです。
本気でイエス様にお仕えする信仰にたどり着いた時、人生のすべての負の体験は、神様の栄光のための勲章に変えられていくのです。それがイエス様の復活の力です。死から命を生み出す神様の働きなのです。

2026年8月23日(日)  北九州キリスト教会宣教題
「帰路に立つバプ連と希望」

礼拝動画は北九州キリスト教会のホームページからご覧いただけます。