11月は北九州キリスト教会にとって行事が多い月であると同時に、今年2025年は教会設立60周年の節目の時でもあります。この機会に、時代が変化しても決して揺らいではならないキリスト教信仰の要、そして聖書の中心概念である「十字架」と「復活」と「処女降誕」についてみことばに聴いてまいります。これらの共通点は、現実離れしていると否定されてもおかしくないということ。それでもこれらの奇跡こそキリスト教、そして聖書の要となる信ずべき内容であることを再確認したいと思います。これからも長くキリストに忠実な教会として成長・発展していくために、また聖書の中心信仰が揺らいでいると懸念される現代だからこそ、大切にしていきたい主題だと思わされています。
今回のテーマは、キリスト教の教えの中でも特に理解が難しく、「どうやって実践すればいいのか分からない」と感じる人が多い内容です。イエス・キリストは次のように教えました。
27節 自分の十字架を負うてわたしについて来るものでなければ、わたしの弟子となることはできない。
この言葉はとても率直で、間違えようのない強い表現です。イエスの弟子になるには、それほどの覚悟が求められるのです。
本日以降「キリスト教特有の教え」をテーマに語りたいと思います。イエス・キリストはユダヤ人たちが大切にして来た聖書理解とどのように違っていたのでしょうか。それが当時の指導者たちとは大きく違っていたからこそ、危険視され、敵視されて十字架刑に至ってしまったと言えます。国内外において分断と対立が頻繁に起きる現代だからこそ、キリストが命懸けで後世に伝えようとした教えを理解し、共に平和を実現する道をイエスの教えから導かれたいと願います。
- 2024.12.31
- 目からウロコの聖書
- へブル人への手紙, エペソ人への手紙, コロサイ人への手紙, テモテへの第一の手紙, ペテロの第一の手紙, ヤコブの手紙, ヨハネによる福音書, ヨハネの第一の手紙, ヨハネの黙示録, 使徒行伝, 光
本日はクリスマス礼拝につき、これまでにしたことがない特別な宣教スタイルで話したいと思います。今日のテーマについて聖書がいかに様々な言い方を駆使してイエス・キリストが希望のひかりなのかについて語っていることを実際に33の聖書箇所をご一緒に確認していきたいと思います。