キリスト教と葬儀③ 死後に起きること
キリスト教と葬儀に関する3回シリーズ、第1回は葬儀への備え、第2回は葬儀とお墓についてでした。そして第3回は死後に起きることをテーマにお届けします。人は死ぬとどのような手順で霊の世界に移されることになるのか。仏教などでは四十九日など、一定の期間をかけて魂が霊界に移動する考え方が存在しますが、キリスト教には別の考え方があります。これについては、イエス・キリストが十字架の上で隣の死刑囚に語った内容が大きなヒントになります。さっそくご一緒に確認しましょう。
斎藤信一郎牧師の、聖書あれこれ
キリスト教と葬儀に関する3回シリーズ、第1回は葬儀への備え、第2回は葬儀とお墓についてでした。そして第3回は死後に起きることをテーマにお届けします。人は死ぬとどのような手順で霊の世界に移されることになるのか。仏教などでは四十九日など、一定の期間をかけて魂が霊界に移動する考え方が存在しますが、キリスト教には別の考え方があります。これについては、イエス・キリストが十字架の上で隣の死刑囚に語った内容が大きなヒントになります。さっそくご一緒に確認しましょう。
キリスト教ならではの教え、第四回目は主の晩餐に関係する聖句です。イエス様が十字架にかけられる前の晩、弟子たちと行った主の晩餐の中で「新しい契約」について言及されました。なぜ、イエス様が流す血が新しい契約になるのでしょうか。そもそもどのような「古い契約」があり、それがどのように新しくされるのでしょうか。
今回のテーマは、キリスト教の教えの中でも特に理解が難しく、「どうやって実践すればいいのか分からない」と感じる人が多い内容です。イエス・キリストは次のように教えました。 27節 自分の十字架を負うてわたしについて来るものでなければ、わたしの弟子となることはできない。 この言葉はとても率直で、間違えようのない強い表現です。イエスの弟子になるには、それほどの覚悟が求められるのです。
世界の標準的な暦として長年普及してきた西暦は、イエス・キリストの誕生と深く関わっていることを多くの人は知っています。それがどのように正式に採用されるようになったのかを知る時、新年を迎えた私たちにとって、新たな希望となります。ルカによる福音書に報告されているイエスの両親がした事柄が、どのように新年と結びついているのかについて確認しながら、ご一緒に一年の初めの日がどのような意味を持っているのか、みことばに聴いていきましょう。
今日からアドベントに入りました。12月25日をクリスマスと言いますが、これはキリストの誕生を記念して礼拝する日=キリスト・ミサから派生した単語です。この25日から起算して4週前の日曜日をアドベント第1週と設定する決まりです。本日はアドベント第1週にちなんで、ルカによる福音書の第2章の冒頭部分に書かれている内容を通して、ルカがどのような時代背景を意識しながらイエスの誕生の経緯を報告したのか、ご一緒に確認していきましょう。
主の祈り(5回シリーズ)も今回で最後となった。今回のシリーズの特徴は、弟子たちが主イエスと共に祈った祈りと言う前提に立って聖書解釈を試みた点にある。他の解釈としてイエスが弟子たちにどう祈るかを教えたとする方法もあるが。前者の場合は、毎日主イエスの祈りに合わせて祈ることになる。そして祈りの内容が難しければ難しいほど、主イエスと一緒に祈ることで励まされるからである。 イエスが最後に持って来た5番目の祈りも、これまで同様に単純な祈りではない。短いが、含蓄のある祈りである。今回も聖書の文言と礼拝の時に唱和する文言との違いを比較しながら理解を深めていこう。
本当の意味で成人するとはどういうことなのか? イエスが成人を迎えた時の聖書箇所から、神から託された人生の使命があることを自覚して生きるという「成人する」ことの真の意味を考えます。
アドヴェント第4週のクリスマス礼拝は、長年祈りに専念し続け、最も早い段階でイエスのことを救い主として人々に伝えたアンナを通して、現代に生きる私たちが信じて共に祈ることの大切さについて教えていただく。
アドヴェント第3週は、イスラエルが慰められることをあきらめずに祈り続けたシメオンから、現代の我々に託されている福音の伝道と祈りについて学びます。