日本のキリスト教界において、「伝道」という言葉よりも「宣教」という言葉が好まれるようになって久しく経ちますが、そもそも「伝道」や「宣教」とは何を指すのでしょうか。
それは私たちの生涯を根底から変えてしまうほどのものです。従って伝道とは、礼拝に誘うことではありません。それは特別な人生の変化をもたらすものではないからです。礼拝の説教(ないし宣教)を聞くことでもありません。生きる知恵や励ましを与える程度のことではないからです。これらは、狭い意味では確かに伝道と言えないわけではありません。しかし、聖霊降臨日に行われた世界最初の伝道集会は、人々の人生の価値観と生き方を180度変えるようなインパクトがありました。それこそイエス様が導きたい伝道なのです。
聖霊降臨日に行われた世界最初の説教、それは旧約聖書の中の最重要預言が、どのように人々の前で成就しているのかを明らかにすることでした。 ペテロが開口一番に語ったのは、120人あまりのガリラヤ人たちが、エルサレムに巡礼に来ていた各国の人々の言語で神を賛美していた出来事についてです。これは、当時だれもがよく知っていたヨエル書の預言の成就にほかならない、との主張でした。すでに取り上げましたが、聖霊降臨日に起きたように、あらゆる世代と身分の者たちが、こぞって聖霊に満たされて預言することになると書かれている箇所です。預言とは、特別に神に選ばれた預言者だけができると考えていた当時の人々にとって、これは極めて衝撃的な事実だったはずです。
聖霊降臨日に起きたことを正しく理解することは非常に重要です。復活後の聖霊との関わりが、なぜそれほど重要なのか。聖霊の働きは、それまでとはどのように違うのか。そして、その後のキリスト教会の歴史にどのような変化をもたらしたのか。このことを理解するとき、現代においても、聖霊に主導された人生と教会形成こそが最重要課題だということが見えてくるのです。